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継続的使用権について
1991年(平成3年)(施行日翌年4月1日)の商標法改正により役務商標(サービスマーク)の登録制度が導入されましたが、これにより役務商標に係る商標権が発生した場合、権利者以外の他人が、その登録と同一又は類似の範囲で商標を既に使用していた場合、原則として商標権侵害を構成することとなります。そこで、以下のような一定要件の下、既に使用していた者に継続的使用権が認められることとなりました。
商標法一部改正法附則三条一項は、「この法律の施行の日から六月を経過する前から日本国内において不正競争の目的でなく他人の登録商標(この法律の施行後の商標登録出願に係るものを含む。)に係る指定役務又は指定商品若しくは指定役務に類似する役務についてその登録商標又はこれに類似する商標の使用をしていた者は、継続してその役務についてその商標の使用をする場合は、この法律の施行の日から六月を経過する際現にその商標の使用をしてその役務に係る業務を行っている範囲内において、その役務についてその商標の使用をする権利を有する。」と規定する。
要件は、先使用権とほぼ同じですが、先使用権のように「周知性」の立証が不要な点で利用し易い制度です。但し、サービスマーク登録制度導入以後に開始した地域での使用の継続や、継続的使用権が認められる地域内でも例えば新たに開店する等の将来の使用も確保するため、併せて先使用権の主張(したがって周知性の立証)も行うべきです。継続的使用権は、「業務を行っている範囲内において、その役務について」のみ認められるからです。
古潭事件(継続的使用権に関する判断のみ抜粋。それ以外はこちらへ)
大阪地裁平成9年12月9日判決 平成7(ワ)13225
古潭事件は、先使用権が認められなかったものの、継続的使用権が認められた事例です。但し、「業務を行っている範囲内」について、後述のように、継続的使用権が認められる地域的範囲で、新たに出店すること等が認められるとし、緩やかな解釈をしています。これについて、田村先生は、「本書の枠組みの下では周知性を認めるべき範囲内で新規の店舗の開設を認めるとともに、周知性の範囲外ではこれを否定した判決」として古潭事件を紹介しています(田村259)。つまり、先使用による商標の使用をする権利の研究4に、話がもとりますが、先使用権が認められる「周知性」は、「狭小地域」で足りるとの立場に立ては、本裁判例でも先使用権ですっきり解決すればよかったようにも思います。とはいえ、古潭事件の先使用権の判断や、DCC事件のような裁判例がある以上、商標法32条の「周知性」は、同法4条1項10号ほどの周知性は必要とされないものの、実務上は一地方(狭小地域)で足りると言い切れないところです。
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争点5(被告は、被告標章について継続的使用権を有するか)
不正競争の目的があるか否か
原告の「古潭」との表示は、遅くとも、大阪市内及びその周辺地域において、原告の経営するラーメン店の営業を示すものとして需要者及び飲食店業者に広く知られるに至ったということができ、したがって、遅くとも昭和58年以降は、大阪市内及びその周辺地域の飲食店業者であれば、特段の事情のない限り、「古潭」との表示を付したラーメン店が存在することは当然認識していたものと推認することができる。
しかしながら、原告の経営する「古潭」との表示を付した店舗は、大阪市内(八店舗)及びその周辺都市(堺市及び茨木市に各一店舗)にのみ存在し、その宣伝広告も、もっぱら大阪市内の映画館におけるスポット映画広告及び大阪府全域を中心として大阪湾を囲む近畿、四国、中国の各一部をマーケットエリアとする(法定エリアは名古屋市、岡崎市、豊橋市を東端とする)ラジオのコマーシャルにとどまるものであることに鑑みると、全国的に販売されている一般書籍、週刊誌及び業界誌「月刊食堂」に原告の店舗が繰り返し紹介されており、原告又は原告代表者が指定商品を旧33類又は旧32類として「古潭」又は「コタン」ないしこれを含む登録商標について商標権を有していることを考慮しても、「古潭」との表示が原告の営業表示として茨城県水戸市及びその隣接地域における被告のような飲食店業者に広く知られるに至ったとの事実は、平成4年9月30日の時点でもなおこれを認めることはできない。(以下省略)
那珂町店、水戸インター店、勝田店、水戸吉沢店での継続的使用権
同裁判所は以上のように、「不正競争の目的」はないと認定したうえ、那珂町店、水戸インター店、勝田店、水戸吉沢店の四店舗において被告標章を使用していることについて、以下のように継続的使用権を認めました。
まず、継続的使用権の趣旨については、以下のように述べました。
商標法一部改正法附則三条一項の規定は、商標法の改正により役務商標(サービスマーク)の登録制度が導入されたことに伴い、本来であれば他人の登録役務商標に係る商標権の効力により使用できなくなるところの、右制度の施行前から当該役務について使用されている商標について、その商標が従前蓄積してきた既存の評価・信用、ないしはこれを基礎として形成された既存の取引秩序を保護するために継続的使用権を認めるものであるが、継続的使用権を有する者が当該商標を使用して事業を拡張することを無限定に許容するときは、登録役務商標に係る商標権の効力を過度に弱めることになるから、商標法一部改正法の「施行の日から六月を経過する際現にその商標の使用をしてその役務に係る業務を行っている範囲内」においてその使用の継続を認めることとし、地理的にも現にその役務に係る業務を行っている範囲内に限定し、いわば現状を維持する限度でその使用を認めることとしたものと解される。
そして、その趣旨から「現にその商標の使用をしてその役務に係る業務を行っている範囲」について以下のように解釈しました。
従前からその商標を使用して事業を行っている場所そのものがこれに当たることは当然であるが、これに限られず、その場所においてその商標を使用して事業を行ってきたことにより蓄積されてきた既存の評価・信用、ないしはこれを基礎として形成された既存の取引秩序が及ぶと認められる地域をも含むと解するのが相当である。右のような既存の評価・信用ないしは取引秩序は、その事業が行われてきた場所だけではなく、その近隣の一定の地理的範囲にわたって形成されうるものであり、そのような地理的範囲内でその商標を使用して新たな出店をするなど事業を拡張することを認めても、登録役務商標に係る商標権の効力を過度に弱めることにはならないからである。
そこで、かかる見地に立って、被告が被告標章を使用して事業を行ってきたことにより平成4年9月30日の時点で蓄積されていた評価・信用、ないしはこれを基礎として形成されていた取引秩序が及んでいる地理的範囲について検討するに、認定の事実によれば、被告は、平成4年9月30日の時点で既に那珂町店、水戸インター店、勝田店、水戸吉沢店を開店し、右四店舗において被告標章を看板やメニュー等に表示し、代表者や従業員は「古潭」の名称を胸に刺繍したユニフォームを着用して営業を行っていたものであり、そして、右四店舗はいずれも水戸市並びに同市の北に隣接する那珂町及び北東に隣接するひたちなか市に所在し、JR水戸駅を中心とする半径一〇km以内の円内に位置するものであり、右のような狭い地理的範囲内における四店舗という店舗数は少ないものとはいえず、前認定の広告宣伝等を併せ考えれば、被告が被告標章を使用して事業を行ってきたことにより平成4年9月30日の時点で蓄積されていた評価・信用、ないしはこれを基礎として形成されていた取引秩序は、水戸市並びに同市に隣接する那珂町及びひたちなか市の範囲に及んでいたものということができる。
上記4店舗以外での継続的使用権
さらに同裁判所は、平成4年9月30日時点より後に開店したその他の各店舗においても継続的使用権の効力として被告標章を使用できるかどうか争いがあるので以下のように判断しました。
被告は、右の水戸市、ひたちなか市及び那珂町内においては、継続的使用権の効力により、その営業活動又は営業施設に被告標章を使用することができるが、それ以外の地域については継続的使用権の効力が及ばず、被告標章を使用することができないというべきである。したがって、被告の店舗中、平成四年九月三〇日よりも後に開店したものではあるが、水戸市、ひたちなか市及び那珂町内に所在する右各店舗における営業は、なお商標法一部改正法附則三条一項にいう「現にその商標の使用をしてその役務に係る業務を行っている範囲内」に該当するというべきである。
しかしながら、それ以外の店舗は、右地域内にはなく、茨城県北端の北茨城市<以下略>に位置し、右地域から約五〇kmも離れているから、右店舗における営業は、「現にその商標の使用をしてその役務に係る業務を行っている範囲内」ということはできない。
以上により、商標法36条1項及び2項に基づく、被告の請求は、水戸市、ひたちなか市及び那珂町内での使用に関する部分を除き、理由があるとされました。
(裁判所の判断記載についてはブログ筆者にて一部加工あり。ご興味がある方は裁判所HPで判決原本にあたってください。)
(裁判官 水野武 田中俊次 小出啓子)