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先使用による商標の使用をする権利の研究4

古潭事件

大阪地裁平成9年12月9日判決 平成7(ワ)13225 


 先使用による商標の使用をする権利の研究2で、先使用権が認められる要件の一つ「周知性」の判断要素の一つとして、『地域的範囲』について触れました。田村先生は、商標法32条(先使用)の周知性は、楯岡地方(現在村山市)のような「狭小地域」で足りるとされています。ブログ筆者も『浸透度』『需要者層』と併せて総合的に判断すれば認めてもよいと考えていますが、裁判所では、先使用権について事案ごとに個別具体的に判断され、かつ、各裁判官の解釈に違いが発生し得るため、一の市町村(地方)のみだけの使用では先使用権が認められないリスクがあるように思います。


 今回の事例は、北海道の地名にも採用され、複数のラーメン店にも使用されている「古潭」の文字をめぐっての争いです。先使用権は認められず、継続的使用権が認められたので、結論としては一部使用が継続できます。裁判所は商標権者と継続使用者の利益不利益を比較考慮して妥当な結論を導く傾向にあるように考えますので、抗弁を主張する際は種々の主張を行うのがよい場合も多いように思います。本件で、もし継続的使用権が認められない場合は、裁判所は他の争点における理由で被告の継続使用を認めたかもしれません。


 しかし、やはり、ビジネスをやるうえで、何かあったら他の商標に変えるか又は変えられないのであれば、商標出願をしておいた方が安全と言わざるを得ない事例です。何かあれば戦えばよいという考え方もありますが、本業に専念できなくなるのでは困ります。

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1.原告の請求等


 本件は、指定役務「旧第42類 ラーメンを主とする飲食物の提供」について、登録第3016953号に係る登録商標「コタン/古潭」に係る商標権を有する原告が、ラーメン店等を営業する被告に対し、商標権侵害を理由にその営業活動又は営業施設に「古潭」、「こたん」又は「KOTAN」の各標章(以下「被告標章」と総称する)の使用の差止等を求めた事案である。なお、本件登録商標に係る出願日は平成4年9月4日、登録日は平成6年12月22日であり、その後更新されている。(以下、ブログ筆者一部加工。)


2.争 点

(1)被告標章は、商標法26条1項3号にいう「役務の提供の場所」を普通に用いられる方法で表示する商標であるか。

(2)被告標章は、商標法26条1項1号にいう「自己の名称」を普通に用いられる方法で表示する商標であるか。

(3)本件登録商標は、いわゆる「特別顕著性」を欠く商標であり、商標法3条1項、26条1項により第三者の使用に対して排他権が及ばないものであるか。

(4)被告は、被告標章について商標法32条1項に基づくいわゆる先使用による使用権(以下、単に「先使用権」という)を有するか。

(5)被告は、被告標章について商標法の一部を改正する法律(平成三年法律第六五号。以下「商標法一部改正法」という)附則三条一項所定のいわゆる継続的使用権(以下、単に「継続的使用権」という)を有するか。


3.争点1乃至3について


 いずれも認められない。

 詳細は省略するが、「コタン」は、アイヌ語であり、抽象的な概念としての「部落」「村」を意味する点、「旭川市神居町神居古潭」等の地名等があるとしても、被告標章をもってラーメンを主とする飲食物の提供がされる特定の場所を表示するものと認識するとは認められないと判断された。


 さらにタウンページで「サッポロラーメンコタン」「古潭」などといった名称のラーメン店の電話番号が複数件あっても、未だ本件登録商標がラーメンを主とする飲食物の提供という指定役務の商標として極めてありふれた名称となっているとまでいうことはできず、原告の営業を示すものとしての識別機能(特別顕著性)を欠くということはできないとされた。


4.争点4(被告は、被告標章について先使用権を有するか)について


 商標法32条の規定にいう、商標登録出願の際現にその商標が自己の業務に係る役務を表示するものとして「需要者の間に広く認識されているとき」との要件については、以下のように解するべきとした。


先使用権に係る商標が未登録の商標でありながら、登録商標に係る商標権の禁止権を排除して日本国内全域においてこれを使用することが許されるという、商標権の効力に対する重大な制約をもたらすものであるから、当該商標が必ずしも日本国内全体に広く知られているまでの必要はないとしても、せいぜい二、三の市町村の範囲内のような狭い範囲の需要者に認識されている程度では足りないと解すべきである。


 裁判所は、上記の解釈に照らして、被告標章の周知性を否定した。(改行ブログ筆者。)


 「被告は、昭和53年10月に水戸市<以下略>に「古潭」の屋号でとんかつ、ラーメンの店を開店して「古潭」の営業表示を使用しはじめ(その後閉店)、

続いて、昭和58年4月那珂町店、昭和60年12月水戸インター店、昭和63年8月勝田店、平成元年11月水戸吉沢店を開店して、

平成4年9月4日の時点において右那珂町店、水戸インター店、勝田店、水戸吉沢店の4店舗を経営しており、右4店舗において被告標章を看板やメニュー等に表示し、代表者や従業員は「古潭」の名称を胸に刺繍したユニフォームを着用しているというのであるが、

右4店舗は、いずれも水戸市並びに同市の北に隣接する那珂町及び北東に隣接するひたちなか市に所在し、JR水戸駅を中心とする半径一〇km以内の円内に位置するものであり、

そして、その営業が店舗におけるラーメン、すし等の提供であって、転々流通する商品の販売ではないことに照らすと、

前認定のような飲食店関係の業界月刊誌「近代食堂」昭和59年8月号における記事、

昭和61年7月28日以降のラジオ「茨城放送」(放送受信可能エリアは茨城県全域及び栃木県・福島県・千葉県の一部)による広告宣伝、

昭和63年12月26日及び平成2年以降の毎年1月、5月、7月の日刊聖教新聞茨城版における囲み広告、

平成元年11月の水戸吉沢店開店時のチラシ約10万部の配布、

平成3年6月における被告標章を表示した求人用の会社案内約2000部及び被告の求人広告を掲載した茨城県中小企業家同友会発行の「'92求人情報」の配布、

平成4年6月発行の月刊誌「国際ジャーナル」東日本版における被告及び関連企業株式会社エヌティービーの記事、

昭和59年1月以降における水戸とその周辺の人々の情報誌「月刊みと」への広告(求人広告を含む)掲載の各事実、

更に現今における自動車交通の発達を考慮しても、

前記平成4年9月4日の時点において被告標章が被告の営業に係る役務を表示するものとして需要者に認識されている地理的範囲は、せいぜい水戸市及びその隣接地域内にとどまるものというべきである。


被告標章は右時点において少なくとも茨城県、栃木県、福島県及び千葉県において被告の営業に係る役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたとの被告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。(下線ブログ筆者)


したがって、前記1に説示したところに照らし、被告標章は、原告による本件登録商標の出願の際、被告の業務に係る役務を表示するものとして「需要者の間に広く認識されてい」たとは認められない。


5.争点5(継続的使用権)について


 次回ブログで取り上げます。


以上、本件では、先使用権は認められませんでしたが、争点5における理由に基づき、被告の継続使用を一部認めました。

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