ブランドを育てる!
ゼルダ事件
東京地裁平成3年12月20日判決 平成1(ワ)11631
東京高裁平成5年7月22日判決 平成3(ネ)4601
先使用による商標の使用をする権利の研究1で、「自社が扱うものが商品かサービスか、自社の属する業界等々の事実によって、先使用権が認められるために必要な各要件の幅に違いが出てくる」と述べました。今回は、DC(デザイナーズ)ブランド(現在ではほとんど使われないファッションカテゴリですが。)に属する商標(標章)に関する周知性の判断を示した裁判例を取り上げます。この裁判例は、周知性の一認定要素『需要者層』(先使用による商標の使用をする権利の研究2で言及。)についても考えさせられる事例です。
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1.第一審
原告は、被服、布製見回品及び寝具類に「ZELDA」又は「ゼルダ」からなる標章を使用する行為について、被告の登録番号第2012648号商標権(登録商標「 」)に基づく原告に対する差止請求権が存在しないことを確認する旨の訴えを提起し、裁判所は、「先使用による原告標章を使用する権利を有するから、原告が被服、布製身回品及び寝具類に原告標章を使用する行為は、本件商標権の侵害を構成しない」として原告の訴えを認めました。
2.控訴審
被告は控訴したが、裁判所は、本件登録商標の出願日(昭和55年8月4日)において、現に被控訴人標章が被控訴人の販売する婦人服を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたから、被控訴人は製造販売する婦人服についていわゆる先使用権が認められ、控訴人の商標権を侵害しないと判断しました。
特筆すべきは、本裁判所の判断で、先使用権が認められる要件である周知性について、商標法4条1項10号より緩やかに解すべきと以下のように明言しています。
商標法三二条一項所定の先使用権の制度の趣旨は、識別性を備えるに至った商標の先使用者による使用状態の保護という点にあり、しかも、その適用は、使用に係る商標が登録商標出願前に使用していたと同一の構成であり、かつこれが使用される商品も同一である場合に限られるのに対し、登録商標権者又は専用使用権者の指定商品全般についての独占的使用権は右の限度で制限されるにすぎない。
そして、両商標の併存状態を認めることにより、登録商標権者、その専用使用権者の受ける不利益とこれを認めないことによる先使用者の不利益を対比すれば、後者の場合にあっては、先使用者は全く商標を使用することを得ないのであるから、後者の不利益が前者に比し大きいものと推認される。かような事実に鑑みれば、同項所定の周知性、すなわち「需要者間に広く認識され」との要件は、同一文言により登録障害事由として規定されている同法四条一項一〇号と同一に解釈する必要はなく、その要件は右の登録障害事由に比し緩やかに解し、取引の実情に応じ、具体的に判断するのが相当というべきである。
3.同裁判所は、認定した事実に基づき、本件について以下のように判断しました(ブログ筆者一部加工)。
(1)需要者層等
婦人服業界において、特定のデザイナーの製品であることを示すブランド(デザイナーブランド)の場合、大規模メーカーが不特定多数の消費者を対象として全国的規模で広告宣伝し大量販売するナショナルブランドと異なり、展示会、ファッションショーを通じて、これら催しに出席した新聞雑誌等のマスコミ関係、百貨店、小売専門店等のバイヤーに直接そのブランドのイメージの理解をはかり、右ファッションショー等に出席しなかったバイヤー等には出席したマスコミ関係者による記事等を通じて、そのイメージの浸透に務めたうえ、有名デパートあるいは大型のファッションビルにおいて、ブランド単独の売り場(インショップ、ブティック)を獲得したり、地方にフランチャイズ店を構えるなどして、マスコミあるいはこれらの売り場、店舗を通じて、間接的に消費者に、そのブランドのイメージの浸透をはかるほか、特定の顧客には直接ダイレクトメールを送付している」との取引の実情を認定した。
そして、被控訴人標章が【A】のデザインに係る婦人服であることを示すデザイナーブランドであり、被控訴人として、婦人服に被控訴人標章1及び2を付するほか、被控訴人標章を使用して各種の宣伝広告をしたり、直営店、フランチャイズ店を構え、そのイメージの浸透をはかったこと、この業界においては、知名度の高い実績の有るデザイナーあるいはそのデザイナーに関係したデザイナーの場合はそのデザイナーブランドの浸透は無名のデザイナーに比し短期間でなされ得ることを認め、昭和54年3月頃には、【E】の著名性からみて、【A】が【E】のアシスタントデザイナーであることは婦人服飾業界において広く知られていたものと推認して差し支えないとした。
また、商品展示会、ファッションショーの開催、その案内状の発送、ダイレクトメールの発送等により、被控訴人は、控訴人商標権に係る出願日(昭和55年8月4日)前から、日本国内において、不正競争の目的でなく、婦人服について被控訴人標章の使用をしていた結果、出願の際現に、被控訴人標章が被控訴人の業務に係る商品を表示するものとして「需要者」としての婦人服のバイヤー、すなわち問屋や一般小売業者の間で広く認識されていたものと認められると判断した。なお、控訴人の需要者は一般消費者を基準に判断すべきとの主張に対し、デザイナーブランドに関しては、流通段階におけるバイヤーをその需要者として捉えるのが相当であるから、右主張は採用することができないとした。
(2)売上高等
次に、3年間の平均利益率が6%以上の高収益レディスアパレル46社(被控訴人を含む。)の昭和54年における総売上高の合計は、4628億2800万円であることが認められるところ、同年11月から同55年8月までの間の「ゼルダ」ブランドの商品の売上高は約2億円であり、その売上高は、レディスアパレル46社の同54年における総売上高の合計額に比して僅少であるが、婦人服業界では、一企業が複数のブランド商品を販売していることが認められるため、レディスアパレル46社の売上高は、複数のブランド商品及びブランド商品以外の商品の売上高の合計であると推認できるとし、各企業の個々のブランドの売上高を比較せずに、かかる総売上高と単独のブランドの商品である被控訴人の「ゼルダ」ブランドの商品の売上高を比較することは相当でないとした。
一方、控訴人関連会社である株式会社ダイヤについてみると、平成3年度の年間売上げ65億円には、本件登録商標を付した商品の売上げのほか、ラウラ・カポーニ、コンテオブフロレンス、ニキタ・ゴダールの各ブランドの商品の売上げ、国内外の100社に及ぶメーカーの作品の中から選んだレディスファッションをミックスした商品の売上げが含まれていることが認められるから、各ブランドの個々の売上高はさほど多くないと推認され、現に昭和63、平成2,3年度の控訴人における本件登録商標(あるいはその類似の商標)を付した商品の売上げは、それぞれ、約1億6000万円、1億9000万円、2億7000万円であったことが認められるとしたうえ、「ゼルダ」ブランドの商品の昭和54年11月から同55年8月までの約9か月間約2億円の売上高はデザイナーブランドとしてその周知性が認められないほど僅少であると認めることはできないとした。
したがって、「ゼルダ」ブランドの婦人服の売上高が右のレディスアパレル46社の同年における総売上高の合計額に比して僅少であることをもっては、先使用権成立の要件である周知性の存在を左右するに足りないとした。
なお、同判断では、デザイナーブランドの場合、その対象とする層によって、多数の消費者に販売することが必ずしも目的とはならず、その売上げの多寡がブランドの著名性と結びつくとは限らないことが認められるとも付言されている。
(裁判官 松野嘉貞 押切瞳 田中信義)