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先使用による商標の使用をする権利の研究6

 「先使用による商標の使用を先使用による商標の使用をする権利の研究1.~5.では、以下のように、どの程度使用していれば先使用権の成立要件である周知性が認められるのかについて重点的に検討してきました。


「1.」ではスーパー等で販売される餃子(商品)に関する商標の使用で、地域は、「東京都,埼玉県,神奈川県,千葉県,茨城県,栃木県,群馬県,山梨県,福島県,長野県,静岡県,新潟県」に限定して先使用権の確認を求めたもので、当裁判ではその地域での周知性を認め、その地域における先使用権が認められました。


「2.」では、粗びきコーヒー(商品)に関する商標の使用で、一定の知名度が認められた「広島県下」で先使用権は認められませんでしたが、権利者の権利濫用となり侵害となりませんでした。この裁判例(DCC事件)で示された先使用権の周知性の要件は厳しいと批判があるものの、権利濫用が認められ結果として広島県下での周知性及び先使用権が認められたに等しいとの評価もできそうです。


「3.」では、特定のデザイナーの商品であることを示すブランド(デザイナーブランド)の事案で、先使用権を主張する会社及びその名が周知であり、その販路を使用して販売された商品(婦人服)の新ブランドの標章が問題となり、かつ、需要者層は、百貨店、小売専門店等のバイヤー等で足りるとされた事例です。認められた地域的範囲は定かではなく、日本全国に及ぼし得る先使用権を認められたとも考えられます。


「4.」及び「5.」では、先使用権を認めなかった事例ですが、「那珂町店、水戸インター店、勝田店、水戸吉沢店の四店舗」に関する継続的使用権を認め、かつその店舗が属する「水戸市並びに同市に隣接する那珂町及びひたちなか市の範囲」で新たな店舗を立ち上げる等の使用まで可能としています。かかる効力範囲に着目すると実質的に狭小地域で先使用権を認めているようなものとも考えられます。


 今回は、先使用権が認められる範囲と、これに加え、周知性が認められる要件との関係について考えます。

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1.先使用権が認められる範囲 

 裁判例をいくつか見ると、先使用権が認められると、その使用は日本全国まで許されるとするとの認識を前提とする場合と、その使用は周知性が認められた範囲に限られるとするとの認識を前提とする場合があるように思います。


 前者の立場に立っているものとして、『古潭事件』(「先使用権に係る商標が未登録商標でありながら、登録商標に係る商標権の禁止権を排除して日本国内全域においてこれを使用することが許されるという、商標権の効力に対する重大な制約をもたらすものであるから、・・・」と判示されている。)や、後述の『ベークノズル事件』(「商標法32条1項の定める先使用権の及ぶ地域的範囲は、周知性の認められる範囲には限られないものと解すべきであるから、先使用権の及ぶ地域的範囲は、周知性の認められる範囲に限られることを前提とする控訴人の予備的主張には理由がない。」と判示されている。)を挙げることができます。 

 この立場では、周知性の要件について、「せいぜい二、三の市町村の範囲内のような狭い範囲の需要者に認識されている程度では足りない」との結論が導かれてもやむなしという感じがします。


ベークノズル事件

東京高裁平成13年3月6日判決  平成12(ネ)5059


 ベークノズル事件では、周知性の要件については、「商標法32条1項は、先使用者による商標の使用の事実状態を保護することを目的するものであるから、「広く認識されている」という周知性の程度については、必ずしも全国的に周知である必要はなく、相当範囲において知られていれば良いと解するのが相当である。」と判断し、「被告標章が、本件商標の登録出願当時、既に被告商品を表示するものとして、近畿地区所在の電設資材の卸売業者の間で広く認識されていると解することができる」と判断しています。


2.周知性の要件と先使用権が認められる範囲 私見

 以上のように見ていくと、私見では、以下のように分けて考えてもいいように思います。


[1] 周知性を狭小地域で足りるとした場合は、先使用権の範囲もその地域の使用に限られる。

[2] 周知性を狭小地域より多少広めに解し、例えば「近畿地区」等数県程度またがる場合は、先使用権の範囲は全国に及ぶ。

[3] 地域は限定的であっても、需要者層が特定される場合は、その範囲でかなりの程度知られていれば、先使用権の範囲は全国のそのような需要者層に及ぶ。


 私見では、[2]の立場は、一般大衆を需要者とし全国的に大量販売される商品や、インターネット等で全国的に受発注できる商品の場合等では採用してもよい立場であるような気がします。

 従って逆に、古潭事件のようなラーメン等の飲食物の提供(役務)については、[1]の立場にたって先使用権を認めてもよかったように思います。

 さらにゼルダ事件のように需要者層が業界関係者等の特定化されるような場合は、売上やシェア又は販売地域に限られず、その特定の者にいかに知られていたか、宣伝広告やPR等による情報発信に着目して周知性を認定し、かつ先使用権が認められる範囲は全国と捉えてよいように思います。


3.インターネットで提供される役務の先使用権


CAREER JAPAN事件

大阪地裁平成16年4月20日判決 

平成14年(ワ)第13569号(第1事件)、平成15年(ワ)第2226号(第2事件)


 ここで、先使用権について判断した第2事件について取り上げます(ブログ筆者加工あり)。結論から言いますと、先使用権が認められ、第2事件原告の商標権侵害を理由とする各請求は棄却されました。(商標・役務が類似であることを前提に話を以下進めます。)


 原告は、被告商標が出願されるより約2年半前から、20歳代から30歳代の高学歴の男女を対象とし、東京、大阪あるいは名古屋を中心とする地域に所在する企業の求人事項を、原告標章を使用した原告サイトにおいて掲載しており、そのことは原告サイト立上げ以降原告が打ち出した広告等により、徐々に東京、大阪あるいは名古屋を中心とする地域において認識されるに至っていたということができる。そして、被告商標出願時には、原告標章は、インターネット上で求人事項の掲載等を行う原告の役務を示すものとして、東京、大阪あるいは名古屋を中心とする地域において、就職情報に関心を持つ需要者層の間で広く認識されていたと認めるのが相当である。したがって、原告商標は、商標法32条1項所定の周知性の要件を満たすものというべきである。不正競争の目的もない。

(裁判長裁判官 小松一雄 裁判官 中平 健 裁判官 大濱寿美)


クルマの110番(メタタグ)事件

大阪地裁平成17年12月8日判決


 渋谷先生によれば「商標がインターネットのウェブサイトに表示されていても、それだけで周知性が工程されるわけではない。ウェブサイトには、その存在が知られていないものがあるからである」とし、「ウェブサイトに表示されていた「自動車の119番」につき、登録商標「中古車119番」の出願日前の周知性の取得を認めず、先使用権の成立を否定した事例(大阪地判平成17・12・8判時1934号109頁)」を挙げておられます(渋谷508)。


 この点、先のCAREER JAPAN事件では、 周知性認定にあたって、原告の使用について、東京、大阪、名古屋を中心とする各都市圏(東京の場合の千葉県、大阪の場合の兵庫県、滋賀県などを含む。)の会社が主な対象で、東京、大阪、名古屋で説明会を開催し、係る説明会を宣伝する新聞、ダイレクトメール、電車の中吊り広告、駅貼りポスターには、原告サイトであることを示す原告商標の「Career-Japan」及びそのアドレスを明記していたこと、新聞は全国紙である、毎日新聞、朝日新聞、讀賣新聞、日本経済新聞に掲載する形で行ったこと、中吊り広告は,大都市圏の交通機関で行ったこと等が認定されていますので、ウェブサイトに表示されたことを知らしめる活動が伴っていたことが功を奏したといえそうです。


 なお、同事件では、先使用権が認められる範囲は示されていませんが、インターネット上の転職就職等サイトの運営が主な事業であるとすると、アクセス可能な範囲は少なくとも日本全国に及ぶため、地域の限定はされていないように思います。周知性の立証では、全国版の媒体と東京、大阪、名古屋等の都市圏でのリアルな活動等が効いたようです。さらに、需要者層が、20歳代から30歳代の高学歴の男女というように絞ったことが周知性が認められるハードルを下げたように思います。


 なお、西村先生(西村雅子著「商標法講義」(発明協会)(以下「西村+頁数」))は、「役務については、小規模事業であれば所在地の周辺地域限定の場合が多いと考えられるが、商品については、いかに小規模であろうと、インターネット上で品質について高い評価を得た場合には、全国から注文を受けることが想定される。よって、特に全国配送が可能な商品に係る商標について、先使用権の要件及び効果を地域的限定の枠組みで考えるのは、現在のインターネット社会にそぐわないのではないか。」と述べておられます(西村262)。

 

 例えば、北海道の札幌で家族経営のお菓子屋のクッキーを、楽天等の全国発送可能なサイトに出店した場合、北海道の地での先使用権が認められた場合であっても、かかるクッキーの札幌と東京間の取引は持参債務に該当するので購入者の住所地に届いた時点が「譲渡し、引き渡し(商標法3条1項)」に該当し、よって、東京にも先使用権が認められないと、商標権侵害となるということでしょう。このようなリスクは、役務においても決して例外ではないと思われます。

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