取組み・活動

デザインのちから!

Egyptian Goddes, Inc. v. Swisa, Inc.大法廷判決を読む2

 Egyptian Goddes v. Swisa大法廷判決は、米国意匠特許権に関し、「新たな侵害判断基準を設定した画期的なものである」と評価されている。例えば、山口洋一郎著「米国CAFCにおける特許制度改革―意匠権のクレーム解釈における公知意匠の役割を明瞭にしたEgyptian Goddes v. Swisa大法廷判決―」(AIPPI(2009)Vol.54 No.1)(以下「山口氏論文」という)を参照。

 本件では、Egyptian Goddes社(以下「EG社」)のネイルバッファー※1に関する意匠特許を、Swisa社のネイルバッファーが侵害するかが問題となった。米国連邦巡回控訴裁判所(Court of Appeals for the Federal Circuit(以下「CAFC」という。))は、一度従来の侵害判断基準に基づき非侵害の判決を出したが、これを取り消し、同大法廷審理を経て、意匠特許権侵害判断の重要な二つのルールを示したという。

※1:日本語で「爪磨き」と訳せようが、片仮名「ネイルバッファー」も日本のこの製品分野では使用されているようなので片仮名で記す。「buffer」も、爪を磨くものとして「バッファー」と、「buffering」も磨くこととして「バッファリング」と、日本で同様に使用されているようなので片仮名で記す。

 本HP1回目では、Egyptian大法廷判決のうち、主に意匠クレーム解釈について言及した第一のルールに関する部分を訳しその意義を考えた。2回目以降は、同大法廷判決のうち、主に「新規な点の基準」を廃し唯一の判断基準は「通常の観察者の基準」であるとした第二のルールに関する部分を訳しその意義を考えたい。まず今回は、同大法廷判決のうち、従来、意匠権侵害判断の第二の基準と理解されてきた「新規な点の基準(the point of novelty test)」を採用した地裁判決と最初のCAFC判決に触れた部分を訳してみる。1回目で述べたが、「Egyptian大法廷判決」における従来の判断基準の変更は、これを取り上げた日本の雑誌を幾つか読むと驚きをもって評価されているが、本HP筆者としては、その変更点が何なのか今一つぴんとこない。今回改めて訳すことで見えてくるものがあるように思う。 なお、英文は、Egyptian大法廷判決文(http://www.cafc.uscourts.gov/sites/default/files/opinions-orders/06-1562.pdf)より引用。

 米国意匠特許を受ける要件として、米国特許法(合衆国法典第35巻)には、「製造物品のための新規、独創的かつ装飾的意匠を創作した者は、本法の条件及び要件に従い、これについての特許を取得することができる」とされる。これは日本の登録要件とほぼ同じと考えられるが、日本における意匠権侵害の場面では、新規性は無効要件であるが、登録意匠と被疑侵害意匠の類否判断において、別途一つの判断基準として、新規性を特定することはしていないように思う。従来の米国意匠権侵害ではどのように、この「新規な点の基準」が適用してきたのか。

            ******

連邦地裁判断に関する記載部分

『判例を引用して、地裁は、意匠特許事件の原告は、(1)被疑侵害製品は、"通常の観察者の基準"と呼ばれるものの下では、クレーム意匠と、"実質的に類似"であり、(2)被疑侵害製品には、"特許意匠と先行意匠とを区別する実質的に同一な新規な点"が含まれていることの両方を証明しなければならない、と述べた。(省略) クレーム意匠と被疑侵害製品を比較した後、裁判所は、Swisa社の申立てにより侵害しているとされる製品は、"バッファーのない第四の側面"として裁判所が特定した389特許の"新規な点"を含んでいないと判断した。(本HP筆者:389特許とは、原告の米国意匠特許第467389号のことである。以下同じ。)

原文:Citing precedent of this court, the district court stated that the plaintiff in a design patent case must prove both (1)that the accused device is "substantially similar" to the claimed design under what is referred to as the "ordinary observer test" and (2)that the accused device contains "substantially the same points of novelty that distinguished the patented design from the prior art. " Egyptian Goddess, Inc., v. Swisa, Inc. Civil Action No. 3:03-CV-0594-N (N.D.Tex. Dec. 14 2005), citing Goodyear Tire & Rubber Co. v. Hercules Tire & Rubber Co., 162 F. 3d 11138Fed. Cir.1998). After comparing the claimed design and the accused product, the court held that Swisa's allegedly infringing product did not incorporate the "point of novelty" of the '389 patent, which the court identified as "a fourth, bare side to the buffer."』本文3頁(日本訳の(省略)部分は、英文傾斜部分に相当し本HP筆者による。以下同じ。)


『地裁は、両当事者の、389特許の新規な点に関する意見の相違を指摘した。EG社は、その意匠の4つの要素を特定し、各要素について、その要素を具現化していない先行意匠を特定した。その上でEG社は389特許の新規な点は4要素の組合せであると主張した。しかし、裁判所は、単一の先行意匠文献(a prior art reference)である米国意匠特許no.416648(以下Nalico特許)であって、389特許意匠の要素の一つを除いて全てが含まれているものを見つけたので、新規な点は、種々の先行意匠文献には存在しないところの要素の組合せに見出せるかという問題に取り組むことを拒否した。裁判所は、Nalico特許は、開口した中空体と、隆起した長方形のパッドと、露出した角を有するネイルバッファーを開示すると説明した。地裁によれば、389意匠特許においてNalico特許に存在しないただ一つの要素は、パッドのない第四の側面を付加し、断面が正三角形のものを正方形に変形したことであった。Swisa製品は389特許の新規な点、すなわちパッドのない第四の側面を含んでいないので、侵害はないと結論づけた。

原文:The district court noted that the parties disagreed as to the points of novelty in the '389 patent. EGI identified four elements in its design, and for each element it identified prior art that did not embody that element. EGI therefore contended that the point of novelty of the '389 patent is the combination of those four elements. The district court, however, declined to address the question whether the point of novelty could be found in the combination of elements not present in various prior art references, because the court found that a single prior art reference, United States Design Patent No. 416,648 ("the Nalico Patent"), contained all but one of the elements of the '389 patent. The court described the Nalico Patent as disclosing "a nail buffer with an open and hollow body, raised rectangular pads, and open corners." The only element of the '389 patent design that was not present in the Nalico patent, according to the district court, was "the addition of the fourth side without a pad, thereby transforming the equilateral triangular cross-section into a square." Because the Swisa product does not incorporate the point of novelty of the '389 patent --a fourth side without a pad -- the court concluded that there was no infringement.』本文3-4頁


最初のCACF判決に関する記載部分

『EG社は控訴し、(HP筆者:最初の)CAFC合議体が認めた。同合議体は、被疑侵害Swisaバッファーが、‟クレーム意匠の新規な点を取り込んでいる"かどうかに関し、重要な事実(material fact)に問題はないとし地裁の判断に同意した。(省略) この結論に至る際に、特許意匠における新規な点は単一の新規な意匠要素でも、先行意匠に個別に知られる要素を組み合わせたものでもよいと述べた。(省略) しかし、個別に知られた意匠要素が新規な点を構成するためには、‟その組合せが先行意匠に照らし、非自明な進歩(a non-trivial advance)でなければならない"と付け加えた。

原文:EGI appealed, and a panel of this court affirmed. The panel agreed with the district court that there was no issue of material fact as to whether the accused Swisa buffer "appropriates the point of novelty of the claimed design." Egyptian Goddess, Inc. v. Swisa, Inc., 498 F. 3d 1354, 1355(Fed. Cir. 2007). In reaching that conclusion, the panel stated that the point of novelty in a patented design "can be either a single novel design element or a combination of elements that are individually known in the prior art." Id. at 1357. The panel added, however, that in order for a combination of individually known design elements to constitute a point of novelty, "the combination must be a non-trivial advance over the prior art." Id.』本文4頁


『同合議体は、EG社が主張した新規な点は、(1)開口した中空体、(2)正方形の断面、(3)隆起した長方形のバッファーパッド、そして(4)露出した角、という、クレーム意匠の4つの要素の組合せと判断した。Nalico先行意匠特許が、本体が断面において四角形より三角形であった点を除いて、これらの要素のそれぞれを含むという地裁の見解を採用した。(省略) 先行意匠に照らして、"合理的な陪審員は、EG社の主張する新規な点が先行意匠に対し非自明な進歩を構成しているとは結論付けられないと決定した。

原文:The panel noted that EGI's asserted point of novelty was a combination of four of the claimed design's elements: (1)an open and hollow body, (2) a square cross-section, (3) raised rectangular buffer pads, and (4) exposed corners. The panel agreed with the district court's observation that the Nalico prior art patent contained each of those elements except that the body was triangular, rather than square, in cross-section. 498 F. 3d at 1358. In light of the prior art, the panel determined that "no reasonable juror could conclude that EGI's asserted point of novelty constituted a non-trivial advance over the prior art." Id. 』本文4頁


『同合議体は、さらに、クレーム意匠の種々の意匠要素が、‟それぞれ先行意匠に個々に開示された"ことを観察した。(省略) Swisaバッファーは、第四の側面が露出しているクレーム意匠のように、四側面の3つだけでなく、四側面すべてに、隆起した磨き(abrasive)パッドを有していると指摘した。同合議体は、ネイルバッファー分野における先行意匠を考慮すると、被疑侵害意匠と特許意匠の間にある相違は微細なものとは考えられないと結論付けた。従って、同合議体は、略式判決は相当であると結論付けた。

原文:The panel further observed that the various design elements of the claimed design "where each individually disclosed in the prior art." 498 F.3d at 1358. The Swisa buffers, the panel noted, have raised, abrasive pads on all four sides, not just on three of the four sides, as in the claimed design, in which the fourth side is bare. The panel then concluded that "[w]hen considering the prior art in the nail buffer field, this difference between the accused design and the patented design cannot be considered minor. Id. The panel therefore concluded that summary judgement was appropriate.』本文5頁


『反対意見の裁判官は、クレーム意匠の特定の特徴が、侵害理由となる新規な点を構成するか否かについて突き止める方法として、"非自明な進歩の基準(non-trivial advance test)"を採用しなかった。反対意見の裁判官の見解では、"非自明な進歩の基準"は、従前の判例によって支持されておらず、かつ合致しておらず、侵害判断基準と自明性を合成したもので、意匠要素の組合せを含む意匠のみに適用されるものであり、かつ、それは全体の意匠の自明性というよりは、各新規な点の自明性に不適切に焦点をあてたものである。(省略)

原文:The dissenting judge would not have adopted the "non-trivial advance" test as a way of ascertaining whether a particular feature of the claimed design constituted a point of novelty for infringement purposes. In the view of the dissenting judge, the "non-trivial advance" test was inconsistent with and unsupported by prior precedent; it conflated the criteria for infringement and obvious; it applied only to designs that involved combinations of design elements; and it improperly focused on the obviousness of each point of novelty, rather than the obviousness of the overall design. 498 F. 3d at 1359-60 8Dky. J., dissenting).』本文5頁

      *****

 以上、当事者の主張と、連邦地裁及び最初のCAFC判決を見ていった。最初のCAFC判決は「一度従来の侵害判断基準に基づいて非侵害を認める判決を出したが、批判が強かったため、2007年11月26日にこれを取り消し、大法廷により審理することを決定し」たという(山口氏論文より引用)。Egyptian大法廷判決ではどのような判断に至ったのだろうか、次回では同大法廷判決を訳して、同判決を見ていきたいと思う。なお、本来なら地裁等の判決文にもあたる必要があるが、本HPでは、大法廷判決を通して地裁や最初のCAFC判決を検討している点ご了承いただきたい。


<ひとまずHP筆者の感想など>

 連邦地裁及び最初のCAFC判決について、本HP筆者私見を交えまとめると、EG社の主張は、特許意匠の4つの意匠要素の組合せ自体が、先行意匠文献のいずれにも開示されていないので、意匠の新規な点であると主張したが、地裁では単に特許意匠の新規な点は、Nalico先行意匠との比較で「パッドのない第四の側面」としてこれを被疑侵害意匠が含んでいないので侵害とせず、一方、最初のCAFC判決では、EG社の主張する4つの意匠要素の組合せは、Nalico先行意匠特許の存在により非自明な進歩を有しないので新規な点ではないと判断し、非自明な進歩がないので無効事由を含むという判断には至らず、それ以外の相違点(結局、磨きパッドを有しない第四の側面)が新規な点であるとし、これを含んでいない被疑侵害意匠は侵害でないと結論づけた。いずれも、新規な点を、先行意匠との比較で特定しているが、その構成要素の一部を抜き取り、途中で意匠の全体観察という観点が抜け落ち(又は、最後に全体観察という観点に戻って検討することなく)、被疑侵害意匠がその一部を含むかで侵害か否かの最終判断に至っている。

 日本の意匠法の下で運用される意匠の類否判断では、比較される両意匠の全体観察を基本とするので、これに慣れたHP筆者としては違和感を覚える。EG社が主張する4つの要素の組み合せについては「新規な点」という観点から観察すれるのではなく、「特徴」となり得るかで判断し、「非自明な進歩がない」と言わず、「一般的形状」とすればいいのではないか、とも思う。この点は、最初のCAFC判決における非自明な進歩の採用に反対意見を突き付けた裁判官が言うところの「全体の意匠の自明性というよりは、各新規な点の自明性に不適切に焦点をあてたもの」という見解と同旨のように思う。

 日本の意匠法の下では、上述のように全体観察をすんなり基本とできるのは、意匠の権利範囲を画するのに、クレームという概念を導入していないことに加え、意匠は、「物品」の「美感性」であるとの考えが固持されているからかもしれない。「美感」とは、「崇高な美」レベルが求められる訳ではなく、「調和がとれた」とか、「秩序ある」といった意味と考えると、各構成要素は、最終的に、調和や秩序ある一つの物品に貢献していないといけないからだと考える。さらに一歩進んで考えると、日本の意匠法における「意匠」は、人々の生活や社会で使用される「プロダクトデザイン」であり、「グラフィックデザイン」といった必ずしも用途や機能に縛られない、主に視覚に訴えるデザイン分野と異にするものであるとの思想が強いように思える。

ページの先頭に戻る