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先使用による商標の使用をする権利の研究7

商標権行使に対する抗弁としての先使用権

 先使用権が認められれば、商標権侵害とはなりません。そこで、どのような要件がそろえば認められるのか最後におさらいです。以下の要件・効果は商標法32条から抽出し一部ブログ筆者が加工しました。


  ①その登録商標の出願前から 

  ②日本国内において 

  ③不正競争の目的でなく 

  ④その登録商標及び指定商品/役務と同一類似範囲で使用をしていた結果、

  ⑤その出願の際現にその商標が自己の業務に係る商品又は役務を表示するものとして

   需要者の間に広く認識されているとき(いわゆる周知性を獲得していること)

  ⑥継続してその商品又は役務についてその商標の使用をする場合

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 以上の要件がそろえば、以下が認められます。

  ⑦その商品又は役務についてその商標の使用をする権利を有する。

  ⑧当該業務を承継した者についても、同様とする。

  ⑨商標権者には出所混同防止表示の請求が認められます。

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周知性以外の要件と、混同防止表示請求について


真葛焼事件

横浜地裁平成13年9月26日判決 平成11(ワ)4055 

東京高裁平成14年4月25日判決 平成13(ネ)5322


 本件は、第一審被告に先使用権を認めた事案ですが、先使用権の要件である「不正競争の目的」等について、江戸時代まで遡って、平成までの原告と被告の作陶とその評判の盛衰を検討している点で面白い事案です。

 「真葛焼」は、もともと京都の真葛ヶ原に陶窯が築かれてから、2代目の直系であるGが同所においてさらに家業を継ぎ,真葛と号して陶器を制作し、「真葛焼」の名はこれに由来するものですが、その後Gの弟Cが、Gの遺志を継いで,真葛αの号をもって作陶活動を続け,真葛焼の名をさらに高め,有栖川宮の勧誘と薩摩藩士・小松帯刀の後援により,明治3年(1870年)に家族を連れて横浜に移住しました。従って、真葛焼本家(元祖)は、この時点で、横浜の地に移ったと言えるようです。


 しかし一方、京都で生前Cを手伝っていたQβが、作陶を続け、Qβの次男であるSが活躍し、主に欧米向けに鮮やかな装飾をもって制作された横浜の真葛焼とは異なり,Sβの作品は,真葛Gのころの京焼の作風を志向し、Sβはやがて横浜の2代目真葛αらにも認められて、昭和8,9年ころから真葛βを名乗るようになり、その後も茶道の宗匠の御好物に指定される作品を作り続ける等し,永誉βとも呼ばれるようになりました。そして、Sβは,昭和15年4月5日及び昭和36年4月1日には,陶磁器類等を指定商品とする「真葛」の商標を登録し、この時点では京都側に権利があったようです。その後、被告は,国立陶器試験所(訓練校)に入校するとともに,昭和22年6月21日にSβの長女・Uの籍に入って婚姻し,作陶の修業を積み、被告はSβと正式に養子縁組する旨の届出等し、同年11月6日に昭和36年の登録商標権を,昭和47年の春に家督とβの名跡を,それぞれSから譲り受けて陶芸活動を続け,以後概ね「真葛さん」と呼ばれていました。


 他方、本家(元祖)とも呼べる横浜では、上記Gの子供K及びその嫡子のDが2代目・3代目αとして跡を継ぎ,Dの妻・N並びにKの妹O及びその夫・Pが,これを助け、作陶に励んでいましたが、横浜大空襲に被災し、四男である16歳の原告及び姉たちのみが残され、原告がDを家督相続。Dの弟・Fが後見人となりましたが、Fは,Dの生前は,主に釉薬の調合を行う職人としてDを補助していたにすぎず,被災後,α窯は途絶えていました。親戚のX1が出資と窯の再興を提案したため,Fはこの話に乗り,製陶を始めて,4代目A4を名乗ったが、次第に商業主義的・大衆主義的な傾向を強める等したこともあって,陶芸界から評価されることはないまま,数年して廃業しました。原告は,他人の資本でα窯を再興することなく、陶芸活動に携わることもなく、技術系の会社員等として生計を立て、子供の手の離れた平成元年ころにα窯を復興することを考え、以後会社員をしながら陶器を焼き、これに「真葛」の表示をしていたが未だ陶芸界では全く認められるに至っていないと認定されました。 (以上の経緯は横浜地裁が認定した事実からブログ筆者が概略化。)


 そして、第一審で、横浜と京都の関係について、以下のように認定しました。

 もともとの「真葛焼」の名の由来となった真葛ヶ原の窯は,Cが明治3年に横浜に移転したのに伴ってその後しばらくは使われなくなっていたというべきであるが,Sβが作陶活動に励んで真葛βを名乗ることが世に認められて以来,それとは別の窯で同人又はその婿養子である被告の手により制作された陶器類もまた,「真葛」又は「真葛焼」と呼ばれて,それが次第に定着していったと解される。つまり,京都の真葛焼は,横浜に移転した真葛焼の窯系譜を直接に引き継いだわけではないが,いわば,横浜の「元祖・真葛焼」に対して,京都の「復刻・真葛焼」とも評すべき形でその知名度を上げていったというべきである。特に,第2次世界大戦の戦火により横浜に移転した当初の真葛窯(α窯)が使われなくなり,さらにFが昭和34年7月に死亡して以降は,むしろ陶磁器類の需要者の間では,「真葛」又は「真葛焼」といえば,S永誉β又は被告の手になる陶器類を指すものとして,広く認識されるようになり,その状況が現在にいたるまで続いてきたと解するのが相当である。


上記①「その登録商標の出願前から」の成立要件をここで確認してみます。

 例えば更新を忘れて消滅した旧登録の出願前を当然ながら指すものではありません。出願日がいつかによって、当事者の使用状況や社会の認知度等が異なってくるので残念な結果にならぬよう、更新期限を落とさないことが肝心です。

 真葛焼事件においては、真葛焼の本家又は元祖というべき作陶家が、早くに商標出願をし商標権を原告まで脈々と譲っていったら結論に違いが出たかもしれません。

 第一審は、原告の出願日である平成3年12月13日には、被告の本件標章は既に被告商品を表示するものとして陶磁器類商品の需要者の間に広く認識されていたと認められるとしました。原告は,「真葛」又は「真葛焼」といえば,MG及び歴代αの陶器を表す商標として認識されていたと主張するが、当該出願日時点で既に歴代αの手になる「真葛焼」が制作されなくなって久しかったから、本件標章は、むしろ先代の永誉βによる昭和8、9年ころの著名な作陶活動から継続して制作活動に勤しんできた被告の茶陶器類等を示すものとして需要者には認識されているというべきと判断しました。


 控訴審では、同旨判断であり、認定の事実によれば,本件登録商標は,平成元年に始まった控訴人の陶芸活動によって製作される陶器に対する限度で,出所表示機能を有するものであって,不幸にして戦禍によって断絶した横浜真葛の歴代Cとの関連において出所表示機能を有するものではないとしました。すなわち、歴代Cの製作した陶器が,日本国内はもとより国外においても周知・著名となり,上記陶器には,「真葛」あるいは「真葛焼」の名称が付されていたため,遅くとも明治10年代には,「真葛」あるいは「真葛焼」の標章は,横浜真葛の製作した陶器を表すものとして,日本国内はもとより国外でも周知・著名となり,その周知・著名性は,現在もなお継続していることを認めつつも、この周知・著名性は,歴代C及びその製作に係る陶器についてのものであって,控訴人ともその制作に係る陶器とも,無縁のものである。控訴人は,3代Cの子ではあっても,同人の陶芸活動にせよその技術にせよ,何ら承継したわけではなく,全く独自に陶芸を始めたというにすぎないとし、ただ3代Cの家督相続人であるということだけで,歴代Cが築き上げた信用,名声を承継し得るものではないことはいうまでもないと、原告(控訴人)にとっては厳しい判断を述べました。


 私見では、以上の判断によると、そもそも原告の平成3年における出願が、商標法4条1項10号により、拒絶されていたかもしれません。被告(被控訴人)に先使用権を認めるよりは、無効事由を含んだ商標権による権利濫用という結論もあったのかもしれません。そう考えると、先使用権の趣旨として「本来的にかご登録の場合の救済規定である(逐条解説)」とする立場も否定できないように思います。


上記③「不正競争の目的でなく」の成立要件をここで確認してみます。

 不正競争の目的とは、「相手方の商品役務との出所混同を招く意図をいう。意図は、結果の容認で足りる。後に登録されることになる未登録商標の存在を認識していたというだけでは、不正競争の目的は肯定されない。後の登録されることになる周知の登録商標の存在を知りながら、これとの混同を招く意図をもって、あるいは、これとの混同が生ずることを容認しながら、使用を開始したというような場合」に肯定されると解されます(渋谷509)。また、「不正競争の目的の不存在は、先使用権の成立要件であるだけでなく、その維持要件でもある(渋谷509)」点留意が必要です。


 真葛焼事件において、被告は、原告の存在等を知っていましたが、江戸時代から明治、昭和そして平成へと脈々と受け継がれた中で独自に作陶していました。第一審では以下のように認定しています。


 被告は,いわばKαから「真葛」を名乗ることを認められていた永誉βの跡を継ぐ形で真葛βを名乗っていただけで,横浜真葛とは異なる純京焼の制作を志向していたのであって,既に制作されなくなっていた横浜の「真葛」又は「真葛焼」の商標の持つ顧客吸引力にただ乗り(いわゆるフリーライド)しようとか,これを希釈化(いわゆるダイリューション)しようとかいった不正競争の目的のために本件標章を使用したものではないと認められる。


 原告は,「真葛」又は「真葛焼」の商標を用いることができるのは,Kα及びDαの家督相続人である原告を措いてほかに存在しない旨を主張し,それを根拠として,被告による本件標章の使用が不正競争行為であると主張するようである。しかし,そもそも歴代αがこれらの商標を先行して登録していなかった以上,その商標の専用使用権が相続の対象になるものではないし,茶陶界のしきたりとして1つの商標を複数の家系で使うことが許されるか否かという事実上の問題はあるとしても,法律上は,先行の商標使用者(横浜のMα)が後行者(京都のMβ)による商標使用を了承した以上,当該後行者による商標の使用は問題がなく,それを受け継いで当該商標を使用している者にも,原則として不正競争の目的はないと評価せざるを得ない。


 なお、控訴審では、被控訴人は,控訴人が陶芸活動を開始するよりはるか前から,京都真葛のIの陶芸活動及び技術を承継して生み出されている作品に本件標章を使用してきているのであって,この使用が,控訴人の陶芸活動に係る作品と無関係であることは,明らかである。控訴人との関係で,不正競争の目的の有無を論ずる余地はないとしています。


上記⑨の「出所混同防止表示の請求」をここで確認してみます。

 条文上は、先使用権が認められる限り、商標権者には、自動的に出所混同防止表示を先使用権者に請求する権利が認められるように読めます。しかし必ずしも認められるとは限りません。

 原告は、被告に対し、被告の使用に「京都」の文字を付して使用するよう、出所混同防止請求を求めましたが、第一審は以下のように判断した上、混同防止表示請求権を認めませんでした。

 

 本件標章を表示している商品(被告商品)が主に観賞用の高価格の陶器類であるという特殊性にかんがみると,その取引者及び需要者は,普通に払われる注意力をもってすれば,当該商品に表示された標章(商標)にばかり着目することなく,その商品に現れた作者の能力・作風等から真贋等に注意して購入するのが通常であると考えられる。そして原告の陶芸経験・能力が必ずしも十分でないことからすると,本件登録商標に係る指定商品の取引者及び需要者において普通に注意力を払えば,本件標章を表示した被告商品と原告が本件登録商標を使用・表示した指定商品との間で,商品の出所に誤認混同を生じることは,まずあり得ないというべきである。 要するに,本件標章と本件登録商標は,その外観,観念,称呼において相当に近似するが,その表示される商品の取引の実情等をも含めて総合的に判断すれば,これらの間に商品の出所の誤認混同を生じるおそれはなく,結局において,本件標章と本件登録商標とはそもそも「類似」していないものといわなければならない。


 控訴審では、以下のように判断しました。

 商標法は,同時に,4条1項10号において,「他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であって,その商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの」については,商標登録を受けることができないことを規定しており,46条1項において,上記10号違反を商標登録の無効事由の一つとしている。 さらに,不正競争防止法は,2条1項1号において,「他人の商品等表示(・・・商標、標章、・・・その他の商品又は営業を表示するものをいう。・・・)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、・・・他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為」を,2号において,「自己の商品等表示として他人の著名な商品等表示と同一若しくは類似のものを使用し、又は・・・輸入する行為」を,不正競争として,周知あるいは著名な商標ないし標章の主体に対し,同法上の保護を与えるものとしている。


 これらの規定を総合的にみた場合,商標法32条2項の定める出所混同防止表示の付加を請求する権利は,絶対的なものではなく,先使用者による使用の継続により混同が生じるおそれがあるときであっても,商標登録の前後を通じてみた,先使用者による使用の実態と商標権者による使用の実態との関係に照らして,先使用者に混同を防ぐための表示を行うよう求めることがいかにも不合理であると考えられるときは,先使用者の行うべき「混同を防ぐのに適当な表示」は見いだし難いとして,事実上,否定されることもあり得る。


 本件標章は,I及び被控訴人の陶芸活動によって生み出された作品に長年使用され,同作品の出所を表示するものとして周知となっており,一方,本件登録商標は,平成元年ころから始まった控訴人の上記認定のささやかな陶芸活動に係る作品について,その出所を表示する機能を有するにすぎないものである,ということができる。・・長年にわたる陶芸活動によって周知となっている本件標章に対し,何らかの表示の付加するよう求めることは,いかにも不合理であるということができる。結局,本件においては,「混同を防ぐに適当な表示」は見いだし難く,控訴人には,商標法32条2項の定める出所混同防止表示の付加を請求する権利は認められない。

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