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デザインのちから!

椅子等の実用品のデザインの著作物性の研究7

 椅子等の実用品のデザインの著作物性の研究では、、北欧・ノルウェーを代表するデザイナーとして著名なピーター・オプスヴィックの椅子(「トリップトラップ」との名前があるそうです。)のデザインの著作物性及び著作権侵害が問題となった事例(知財高裁平成27年4月14日判決 平成26年(ネ)第10063号)を取扱いました。
 このトリップトラップは、従来の椅子のカタチと認識されていた基本的構成態様を凌駕して、新たな椅子のカタチを提案した点、しかも機能美が追求されている点で、デザイン界においても高い評価を有していると思います。もちろん、経済的価値や使用価値があり、お子さんを持つ家庭や、お子さんを迎える飲食店(実際、弊所の近くにあるmujiカフェにも置いてあります。たぶん本物。)でも購入され愛されているものと考えます。

 そんなトリップトラップの椅子は、著作物性があるのか?従来、意匠法の典型的な保護対象たる実用品は著作権法では保護されていないと思います。また、意匠法でも保護されないタイプフェイス等も著作権法でも保護されません(これも実用性部分が邪魔していると思います)。後者の例は、意匠法との関係では、同法で保護されないものを、まして著作権法で保護できるわけないという論理なのだと思います。
 
 本件では、トリップトラップ(幼児用椅子)の特徴的部分を認定するにあたり、他に似たような製品をいくつか挙げ、その構成態様を比較して、かつ、控訴人ら主張に係る控訴人製品の形態的特徴が,幼児用椅子としての機能に係る制約により,選択の余地なく必然的に導かれるものということは,できないことも確認した上で、特徴的部分を導き、かつ、その部分において個性が発揮されており,「創作的」な表現というべきであると認め、著作物性が認められ、「美術の著作物」に該当するとされました。但し結論は、被疑侵害物件として挙げられた椅子はその創作的部分を備えていないから侵害しないとの結論になりました。
 
 実用性のデザインの裁判については、当分の間、本件製品の著作物性は認めるが、被疑侵害製品がデットコピーでない限り、本件製品の創作部分を備えていないとの理由で侵害とはならないとの結論が多くみられるようになっていくように思います。
 現在のところ、実用品のデザインについては、「著作物性は認められない(もしかして認められるかもしれないが勝てない)」との認識で、知財管理を行った方がよいように思います。

 なお、研究4では、原審(東京地裁平成26年4月17日判決 平成25年(ワ)第8040号 )に触れました。

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 研究5では、応用美術(美術工芸品を除く)をめぐる意匠法と著作権法の重複適用の可能性と、棲み分けについて、学説上どのように考えられているのか、中山先生の見解を観ました。

 中山先生によれば、 『理念的に言えば、純粋美術は何らかの制約を受けることなく美を表現するために創作されるのに対して、応用美術は実用目的という制約、あるいは産業上の利用の目的という制約を受けつつ創作される。その相違から、応用美術につていは、制作・流通の実情を考慮して意匠法的に保護するというのが創作法の基本的な考え方である。そうであるならば、このような応用目的が存してもなお著作権法の保護を受けるに足るプラスαがある応用美術に限り著作物として認知すべきであり、それが判例上述べられている「高度に美的な」、「専ら美を追求し」あるいは「観賞の対象として」等の要件となって現れていると考えるべきである。(中山145-146)』とのことです。
 
 そして、『ただこの場合、裁判所は芸術的価値そのものを判断することはできないし、すべきでもない。ここでいうプラスαとは、著作者人格権、翻案権・貸与権等の支分権、長い保護期間等を認めることにより利用・流通の妨げとなってもなお著作権法を適用する必要性が高い場合と解すべきであろう。(中山146)』と述べられ、『純粋美術と同視できる場合の基準が問題となるが、どのような学説をとるにせよ、多かれ少なかれその基準は不明確であり、判例の蓄積を待つ以外に方法はない。』とされています(中山146)。

 研究6では、以下のように、実用品のデザインの著作物性は、結局、10条1項4号の「美術の著作物」の規定に照らして考えるのが学説・裁判例の流れにあることを確認しました。(違う考え方の学者さんいらっしゃると思います。)
(ブログ筆者としては、美術史やデザイン史という歴史の中で考えると、美術を実用面や量産面から分ける考え方は、近代に生まれたもので、特に日本は昔からの用の美というものが尊重されていたと思うので、至極当然のような感じもしますが。これは著作権法や意匠法の成り立ちから考えると違うのでしょうね。)

・純粋美術→「美術の著作物」に当然該当。
・応用美術→「美術工芸品」に該当すれば2条2項経由で10条1項4号「美術の著作物」として保護。
      →「美術工芸品」に該当しない場合は、2条2項を経由せず、直接 同号の問題へ 

 そして、『著作権法2条2項を注意規定と解し、「美術工芸品を通常の意味で解釈し、かつ応用美術中、「そこに表現された美的表象を美術的に鑑賞することに主目的があるものについては、純粋美術と同様に評価して」、これに著作権法上の保護を認めている」点で、『初めての裁判例』(「百選第三版(紋谷)」と評価されるところの「神戸地裁姫路支部昭和54年7月9日判決(昭和49年(ワ)第291号)について観ていきました。
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 さて、最後に上記神戸地裁の判決に関する解説で、紋谷先生は、『「その対象・構成・着想等から、専ら美的表現を目的とする純粋美術と同じ高度の美的表象であると評価しうるから」と判示している。しかし、この部分は、前述の理由から妥当でないばかりか、「表現」たるべき著作物において(著二条一項一号)、その「着想を列挙しているのは不当である』と述べておられます。ブログ筆者としては、「前述の理由」の部分を特定できなかったのですが、「着想」部分について少々最後に考えます。

 これについては「著作権法判例百選第4版」の上野達弘先生の解説(「百選第4版」4-5頁)が解りやすいです。

 上野先生によれば、『"ネズミが人間の姿になって人間を手術して襲う"というストーリーは従来なかった新しいものである』が、『それ自体はアイデアに過ぎないため、その点のみが共通しても著作権侵害にはならない』(東京地判平成10・6・29...以下省略)とします。ブログ筆者としては、そんな風変わりな構成からなる小説がいくら表現が違っていても、明らかに真似したように思えます。しかし著作権法上は保護されないのです。そ実際実務ではこのような段階で「何とかできないか?」との相談も多々あります。

 上野先生は、、『アイディアそれ自体は、いかに優れたものであっても著作権によって保護されることはないのである。アイディアは、新規性や進歩性など一定の要件を充たす場合に限って特許法等によって保護されるに過ぎない(特許法の保護対象となる「発明」は「技術的思想の創作」と定義されている...以下省略)』と説明し、かつ、『創作性はあくまで表現について問題となる』と説明されておられます。
 ちなみに、ブログ筆者としては、研究1乃至3で判決で、 『実用に供され,あるいは産業上の利用を目的とする表現物(以下,この表現物を「応用美術」という。)』(知財高裁平成26年(ネ)第10063号 )と定義したことが画期的だと思った所以です。

 そして、上野先生は『著作物として認められるためには創作性が必要である』。例えば、『カクテルの作り方を短い文章で表そうとすると表現の幅が狭く、誰が行っても同じような表現にならざるを得ない』。『選択の幅が狭い場合、表現に関する人間の知的活動は働きようがないため著作権保護の必要性を欠くとともに、著作権保護を認めると他者の表現の自由が過剰に制約されるため著作権保護の許容性を欠くからだと説明できよう』(「百選第4版(上野)」5頁)としています。

 おそらく、今後は、応用美術の著作物性の問題や、著作権侵害の問題において、一応、実用品のデザイン(カタチ)があれば、アイディアとは一線を画する表現物と認定され、創作性の問題でスクリーニングされるようになっていくのではないかと推測しますが、この点はっきりとしたことは解らず、結局、実務的には意匠権が取れるものは取得しておいてくださいね、というほかありません。

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